事実婚の契約書の必要性について当事者として考えてみる
こんにちは。やまもです。
現在、僕たちは事実婚として生活していますが、最初に正直にお伝えしておくと、まだ事実婚の契約書は作っていません。
そして、今すぐ作る予定もありません。
ただ、「事実婚の契約書って、実際どうなんだろう?」と気になっている人は、けっこういるんじゃないかなと思います。
僕自身も、事実婚としての生活が始まってから、ふと「あったほうがいいのかな?」と考えるようになりました。
ということで今回は、事実婚の契約書を作るかどうかについて、現時点で自分がどう考えているのかを、当事者として正直に整理してみます。
制度を網羅的に解説する記事というよりは、必要性を感じつつもまだ作っていない自分が、迷いながら考えていることをそのまま書いていきます。
なお、実際に契約書を作ることがあれば、そのときは体験記として改めて書こうと思っています。

事実婚の契約書とは?
事実婚の契約書とは、家計や家事、もしものときの対応など、ふたりの生活に関する取り決めを文書にしたものです。
事実婚では、法律婚と同じ権利や制度上の扱いが、すべて自動的に得られるわけではありません。
社会保険や年金のように、事実婚でも一定の保護が認められる制度はありますが、法定相続権のように、法律婚との違いがはっきり出る部分もあります。
そうした制度だけでは補いにくい部分について、ふたりの意思や取り決めを文書に残しておく手段の1つが、事実婚の契約書です。

遺言書との違い
一方で、似た文脈で出てくる遺言書は、自分が亡くなったあとの財産の分け方を指定するための書面です。
事実婚の契約書とは、役割が異なります。
| 契約書 | 遺言書 | |
| 目的 | 生きている間の生活ルールを整理する | 死後の財産分配を決める |
| 対象 | 家計・医療・緊急時の対応・離別時の取り決めなど | 財産の渡し先 |
| 公正証書化 | できる | できる |
契約書も遺言書も、事実婚における備えとして並んで語られることが多いですが、目的はまったく違います。
遺言書については、別の記事で詳しく書いています。

契約書で整理しやすいこと
事実婚の契約書と聞くと、「これを作れば法律婚に近い状態を整えられるのかな」と感じる人もいるかもしれません。
ただ、実際には、契約書で整理できることと、契約書では代替できないことがあります。
例えば、
- 生活費をどう分担するか
- 家事や日常生活をどう協力するか
- 共同で購入した家具・家電・車などをどう扱うか
- 住まいをどう考えるか
- 別れることになった場合、共有財産をどう整理するか
- 病気や事故の際、誰に連絡してほしいか
- パートナーにどのように関わってほしいか
といった、ふたりの生活や意思に関する取り決めは、文書に残す意味があると思います。
契約書だけでは代替できないこと
一方で、
- 事実婚のパートナーに法定相続権を発生させること
- 税法上の配偶者控除を受けられるようにすること
- 子どもの認知の手続きを契約書で済ませること
などはできず、別の制度や手続きが必要になります。
つまり、事実婚の契約書は、あらゆる不安を1枚で解決する万能な書類ではありません。
ふたりの生活や意思を整理し、必要な取り決めを残しておくための書面と考えるのが近いのかなと思います。

事実婚の契約書のことを考え始めたきっかけ
契約書について考え始めたのは、事実婚としての生活が始まってからです。
事実婚を考えていた段階や、実際に選ぶことになった時点でも、契約書というものがあることは知っていました。
ただ、そのときは、そこまで深く考えようとは思っていませんでした。
事実婚での生活が始まり、このブログでも事実婚まわりのテーマを掘り下げていくなかで、「相続」や「遺言書」について調べる機会が増えました。
その流れで、自然と「契約書」というキーワードにも触れることが増え、以前より身近な存在として意識するようになりました。
それ以来、「今すぐではないけれど、いつかちゃんと向き合うテーマかもしれない」と感じています。
事実婚の契約書が「あったほうがいいかも」と感じる理由
事実婚の契約書について意識し始めたとはいえ、「絶対に必要だ」と切迫しているわけではありません。
ただ、「あったほうがいいかも」と感じる理由を整理してみると、主に以下の3つかなと思います。
もしものときの備え
これが、いちばん大きな理由です。
事実婚の場合、病気や事故の場面で、パートナーが当然に「法律上の家族」として扱われるとは限りません。
前提として、医療に関する判断は、あくまで本人の意思が最優先されるものです。
契約書を作れば、パートナーに医療同意権がそのまま移るという単純な話でもありません。
それでも、
- 緊急時には、まずパートナーに連絡してほしい
- 病状説明には同席してほしい
- 自分が意思表示できない場合、普段から希望を共有している相手として関わってほしい
といった意思を文書に残しておくことには、意味があると感じています。
もしものときに、自分の意思を汲み取ってもらいやすくするための備えに近いのかなと思います。
相手に財産を残すための備え
もう1つ大きいのが、相手に財産を残すための備えです。
事実婚のパートナーには、法律婚の配偶者のような法定相続権がありません。
どれだけ長く一緒に暮らしていても、何も準備していなければ、亡くなったときにパートナーへ自動的に財産が引き継がれるわけではありません。
そのため、もしものときに相手へ財産を残したいなら、遺言書などで別途備えておく必要があります。
自分たちも、事実婚として一緒に生きていく以上、この点はいつかきちんと向き合わないといけないテーマだと感じています。
もちろん、事実婚の契約書を作っただけで相続権が発生するわけではありません。
財産を残すための中心になるのは、あくまで遺言書です。
ただ、「互いに万一のときの財産承継まで含めて備えていく」という意思をふたりで確認し、遺言書とあわせて整えていくことに意味があるのではないかと思っています。
相手にきちんと財産を残すために、遺言書とあわせて、ふたりの意思や備えを文書として整理しておく意味で、契約書が「あったほうがいいかも」と感じています。

将来子どもを授かったときの備え
これは今すぐの話ではありませんが、将来もし子どもを授かったら、あらためて文書で整理したいことが出てくるかもしれません。
事実婚で子どもが生まれる場合、父子関係を成立させるには認知の手続きが必要です。
また、2026年4月の法改正後は、認知後に父母双方を親権者とする選択肢も設けられました。
こうした部分は、契約書だけで完結する話ではなく、公的な手続きが前提になります。
そのうえで、実際に子どもを授かった段階では、
- どのタイミングで認知の手続きをするか
- 親権についてどう考えるか
- 子育てや費用負担をどう分担するか
といったことを、ふたりで確認し、必要に応じて文書に残すことはあり得るのかなと思っています。
それは自分たちのためというより、子どもに関わる大事な話を曖昧にしないための備えに近いです。

事実婚の契約書をまだ作っていない理由
ここまで読んで、「事実婚の契約書を作る理由があるなら、すぐ作ればいいのに」と思われるかもしれません。
ただ、現実にはまだ作っていない、というのが正直なところです。
理由を一言でいうと、「いま、本気で困っていないから」です。
これは、ためらっているとか、面倒で先延ばしにしているというより、純粋に切迫感がないというのが本音です。
事実婚として生活を始めて半年ほど経ちますが、いまのところお金で揉めたこともなければ、もしものことが起きたわけでもありません。
「あったほうがいいかも」と、あんぽん(相方)とちらっと話したことはあるのですが、本気で「これは絶対に作ろう」というところまでは話していません。
「やったほうがいいよね」と「いま、やる」の間には、けっこう大きな壁がある気がしています。
なんでもそうですが、人間は本当に必要性を感じないと、なかなか動けないものなんだろうなと。
ただ、そうなったときには遅いというのも、その通りだと思います。
自分たちも、子どもを授かる、住宅を購入する、健康面で不安が出てくるなど、何かのきっかけがあったタイミングで、一気に動き出すんだろうなという予感はあります。

公正証書化するか、私文書で済ませるか
もし自分たちが事実婚の契約書を作るなら、私文書ではなく、公正証書として整える方向で考えています。
公正証書は、公証人が作成する公文書です。
あとから「そんな合意はしていない」と争われにくいという意味で、証拠としての強さがあります。
また、原本が公証役場に保管されるため、改ざんや紛失のリスクを抑えやすい点も安心材料です。
もちろん、公正証書にすれば、書いたことが何でも必ず実現されるわけではありません。
それでも、ふたりにとって大事な合意を残すなら、あとから確認しやすく、一定の信頼性が担保された形にしておきたい。
そう考えると、作るなら公正証書かなという感覚があります。
費用は、盛り込む内容や契約の性質によって変わるため一概には言えませんが、公証役場に支払う手数料に加え、専門家へ作成を依頼する場合はその費用もかかります。
ただ、正式な書面として「あとから揉めにくくする」「自分たちの合意を曖昧にしない」という観点で考えると、必要になったタイミングでは前向きに検討したいと思っています。
事実婚の契約書に関して当事者として思っていること
ここからは、もう少し踏み込んだ本音の部分も書いておきます。
事実婚の契約書を作るという行為は、ふたりの関係性にとって、けっこう大きな意味を持つものだと思っています。
そもそも自分たちは、法律婚という制度にそのまま乗るのではなく、自分たちに合う形として事実婚を選びました。
だからこそ、「もしものとき」「もし別れるとき」「もし揉めたとき」を前提に書類を作ることに、少し矛盾のようなものを感じます。
いまの関係性が安定しているからこそ、あえてそこまで決めておくことに、どこか違和感があるのも正直なところです。
ただ一方で、「契約書を作る=縛りのある関係性になる」というわけではなく、「契約書を作る=関係性を大切にする」という見方もできると思います。
- ふたりで築いてきたものを、きちんと形として残しておく
- 万一のときに、相手を守れるように備えておく
これは、関係を縛るためではなく、信頼の延長線上にある行為なのかもしれません。
「契約書まで作るなら籍を入れたら?」という意見に対して
あとは、「契約書なんてわざわざ作るのは面倒だし、そこまで考えるなら籍を入れたらいいじゃん」と感じる人もいると思います。
これはとても自然な疑問ですし、たしかにその通りだなとも思います。
なので、これについて自分なりの考えを書いておきます。
婚姻届と契約書は目的が違う
まず大前提として、「婚姻届を出すこと」と「契約書を作ること」は、目的が違います。
- 婚姻届:包括的に法的な家族関係を作るもの
- 契約書:自分たちに必要な部分だけを、限定的に明文化するもの
婚姻届を出すと、法定相続権や税法上の配偶者控除、戸籍上の配偶者としての扱いなど、法律婚ならではの制度が一気に結びつきます。
社会保険のように、事実婚でも一定の扱いが認められる制度はありますが、それでも法律婚のほうが、手続きや証明の面でシンプルな場面は多いと思います。
便利な反面、そのなかには「自分たちが特に求めているわけではないもの」も含まれている、というのが正直なところです。
なので、事実婚+契約書という形は、「何もいらないわけではないけれど、必要だと思う部分だけを自分たちで整えたい」という選択に近いのかなと思います。
籍を入れない理由は契約書を作っても変わらない
僕たちが事実婚を選んだ大きな理由は、
- 苗字を変えたくない
- 結婚という制度自体に、そこまで重きを置いていない
という2つです。
仮に契約書を作るとしても、この2つの理由は変わりません。
契約書は、あくまで「事実婚を選んだうえでの補強」であって、「法律婚の代わり」ではないと思っています。
なので、そもそもの選択軸とは少し別の話なのかもしれません。
ラクさだけで選ぶなら法律婚
正直にいえば、手続きの「ラクさ」だけで比べるなら、婚姻届を出すほうが圧倒的にラクです。
紙1枚で、さまざまな制度上の保護が一気に整うのは、法律婚の大きなメリットだと思います。
ただ、僕たちが大事にしたいのは、ラクかどうかよりも、「自分たちが納得して選んでいるかどうか」です。
だからこそ、多少手間がかかったとしても、現状は事実婚を選び、そのうえで必要になった部分を契約書などで整えていくという選択肢を持っておきたいと思っています。
籍を入れることを否定しているわけではない
念のためですが、法律婚を否定しているわけではまったくありません。
法律婚で幸せに暮らしている方はたくさんいますし、それは素晴らしい選択だと思います。
ただ、自分たちの場合は、「自分たちの形を自分たちで選ぶ」ということを優先しただけです。
契約書を作るかどうかも、その延長線上にある話だと感じています。
「契約書まで作るなら、籍を入れたら?」という意見は、ある意味とても自然です。
ただ、「ラクだから」「みんなそうしているから」で大事な選択を決めたくないという気持ちが、僕たちの中では結構強いんだと思います。

最後に
事実婚の契約書について、当事者として正直に考えてきました。
僕はいまの時点で、「あったほうがいい」と頭では理解しつつも、「今すぐ作る」ところまでは至っていません。
これは、サボっているわけでも、ためらっているわけでもなく、純粋に「いま本気で困っていないから」というシンプルな理由です。
ただ、事実婚を選んだ以上、契約書が必要になったり、役に立ったりする場面はあると思っています。
実際に作ることがあれば、
- 行政書士・弁護士への相談はどうだったか
- 公正証書化の手続きはどうだったか
- 入れた項目・入れなかった項目
- 費用感
- 作ってみて感じたこと
など、当事者としてのリアルな体験を書いてみようと思います。
このブログを続けていくなかで、いつか「実際に作ってみた体験談」を書ける日が来るはずなので、そのときはぜひ読んでもらえたらうれしいです。
ということで、今回はこのあたりで終わりにします。
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
それでは、また。
