事実婚

事実婚で感じた「いつも味方でいてくれるパートナーがいる」安心感

事実婚で感じる安心感
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こんにちは。やまもです。

今回は、事実婚として暮らすなかで感じている「いつも味方でいてくれるパートナーがいる安心感」について書いていきます。

何があっても、最後には同じ側に立ってくれる人がひとりいる。

最近あらためて、この安心感ほど心強いものはないなと感じています。

少し抽象的な話に聞こえるかもしれませんが、それがどういうことなのか、事実婚の当事者として感じていることを書いていきます。

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事実婚で感じる「味方がいる」安心感

事実婚のメリットというと、手続きや制度の話になりがちです。

もちろん、それも大事なことですが、僕にとっていちばん大きいのは、もっと根っこのところにある安心感だと思っています。

派手なメリットではないかもしれません。

でも、日々一緒に暮らしているなかで、「この人は自分の味方でいてくれる」と思えることは、かなり大きな支えになっています。

法律で守られる安心とは違う

最初に1つ整理しておきます。

ここで書きたいのは、法律や制度に守られている安心の話ではありません。

事実婚という形にも、条件を満たせば認められる法律上の保護はいくつかあります。

まったく保護がないわけではありません。

ただ、僕がこの記事で書きたいのはそこではなく、もっと心の支えに近い安心感です。

もちろん、事実婚には制度面で法律婚と違う部分もあります。

相続や税金など、事前に考えておいたほうがいいこともありますし、その不安がまったくゼロになるわけではありません。

ただ、それとは別のところに、日々の関係性から生まれる安心感もたしかにあります。

今回は、そういう話だと思って読んでもらえたらうれしいです。

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自分の味方でいてくれる存在は当たり前ではない

この「味方がいる安心感」は、ふだん悩みをひとりで抱えがちな人ほど、沁みるものなのかもしれません。

僕自身、友達が多いタイプでもなければ、自分から積極的に悩みを打ち明けるタイプでもありません。

むしろ、不安や悩みを誰にも言えずに、自分のなかで抱え込んでしまうほうです。

だからこそ、自分のことをちゃんと見て、同じ側に立ってくれる人の存在は、本当に大きいなと感じます。

そういう人は、そう簡単に現れるものではありません。

それは友達でも、恋人でも、家族でも同じだと思っています。

だからこそ、自分の味方でいてくれる人の存在は、決して当たり前のものではないし、大切にしないといけないなと感じています。

もちろん、味方がいる安心感自体は、法律婚でも、恋人関係でも感じられるものだと思います。

ただ僕の場合は、籍を入れていない事実婚だからこそ、この安心感をより強く意識するようになりました。

「制度でつながっている」というより、「お互いが選び続けている」という感覚があるからこそ、この安心感がより大きく感じられるのかもしれません。

このあたりの感覚については、記事の後半でもう少し書いていきます。

「依存」と「味方がいる安心」は違う

「パートナーがいる安心感」と聞くと、相手に寄りかかる「依存」と同じように感じる人もいるかもしれません。

でも僕の感覚では、このふたつは似ているようで、むしろ向きが違うものだと思っています。

依存と味方の違い

依存というのは、相手がいないと立っていられなくなる感覚に近いと思っています。

相手にすがって、相手なしでは生きていけない、というイメージです。

もちろん、人に頼ること自体が悪いわけではありません。

ただ、僕がここで書きたい安心感は、「相手がいないと崩れてしまう」というものとは少し違います。

  • お互いがそれぞれの人生をちゃんと生きている
  • そのうえで、困ったときには最終的に頼れる場所がある
  • ふだんは別々の方向を向いて歩いていても、いざというときには背中を預けられる相手がいる

そういう距離感こそが、僕にとっての「味方でいてくれる存在」に近いです。

無条件に肯定してくれる人のことではない

あとは、ここでいう「味方」は、何でも無条件に肯定してくれる人のことではありません。

  • 間違っていると思えば、ちゃんと言ってくれる
  • 必要なときは、現実的な話もしてくれる
  • そのうえで、最後には敵としてではなく、同じ側に立って一緒に考えてくれる

このような感覚に近いです。

仕事や人生で悩んでいるとき、正論だけをぶつけられても苦しいことがあります。

もちろん、現実的な話は必要ですが、不安でいっぱいのときに、最初から正論で片づけられると、余計に追い詰められてしまうこともあります。

味方である存在とは、正論で片づける前に、まず同じ側に立ってくれる人なのだと思います。

味方でいてくれると感じた場面

抽象的な話だけだと伝わりにくいので、実際に「この人は味方でいてくれるんだな」と感じた場面を書いておきます。

仕事で悩んだとき

僕はフリーランスで仕事をしています。

会社員と違って、うまくいかない時期がそのまま不安に直結しやすい働き方です。

これからどういうキャリアや働き方に進んでいくのか、本気で悩んでいた時期がありました。

どの道に進むのが正解なのか、自分でもうまく答えを出せずにいたことがあります。

そのとき、パートナーが

「どうなっても大丈夫」
「常に味方だから」

と声をかけてくれ、

「たとえ一時的に収入が不安定になっても、ふたりでどうにかすればいい」
「必要なら自分も支えるから大丈夫」

そんなふうに言ってくれたことで、かなり救われました。

特別なアドバイスをくれたわけでも、具体的な解決策を出してくれたわけでもありません。

でも、僕の状況や立場をちゃんとわかったうえで、「最終的には自分の側にいてくれる人がいる」と感じられたことで、不安の質が変わりました。

問題そのものが消えたわけではありませんが、ひとりで抱えなくていいんだと思えただけで、ずいぶん気持ちが軽くなったのを覚えています。

日々の行動

正直に言うと、派手な出来事として思い出せるものは、そんなに多くありません。

むしろ、味方でいてくれるという感覚は、日々の小さな行動から伝わってくることのほうが多いです。

  • 落ち込んでいるときに、あれこれ言葉で励ますのではなく、いつも通りに接してくれる
  • 無理に悩みを聞き出そうとはしないけれど、こちらが話したいときにはちゃんと聞いてくれる
  • 僕の選択を、頭ごなしに否定しない

どれも地味なことばかりかもしれません。

でも、こういう普段の振る舞いによって、「自分はひとりではない」と感じられます。

人の本質は、言葉だけでなく、日々の行動にも現れるのだと思います。

口では、どんなに優しいことでも言えてしまいます。

でも、行動は相手のことをちゃんと思っていないと、なかなか続けられないものです。

パートナーの日々の行動を見ていて、そう思うようになりました。

事実婚で感じる「選んで一緒にいる」という感覚

これはあくまで僕個人の感覚ですが、事実婚は籍を入れていないからこそ、「自分でこの人を選んでいる」という意識が、自分のなかに芽生えやすい気がしています。

婚姻届を出していない分、関係が不安定に思える人もいるかもしれません。

一方で、その分、日々の態度や会話を大事にしようと思えるようになりました。

「制度に乗ったから安心」ではなく、「今日も一緒にいることを、自分で選んでいる」という感覚がある。

だからこそ、相手への尊敬や感謝の気持ちが、日々生まれてくるのだと思います。

相手を信頼するのはもちろん、自分も相手から信頼される人間であり続けたい。

事実婚という形で暮らしていると、そういう意識を自然と持つようになりました。

安心と自由は矛盾しない

もう1つ感じているのが、安心と自由はぶつからないということです。

味方でいてくれるからといって、相手を縛っていいわけではありません。

むしろ、安心できる関係だからこそ、お互いの自由や選択も大事にしたいと思えます。

「味方がいる」という安心は、相手を自分の思い通りにすることで得るものではありません。

それぞれが自由でいられて、普段から相手を縛らない関係でいる。

だからこそ、いざというときに戻れる場所があることを、素直に安心だと思えるのかもしれません。

このあたりの感覚は、以前書いた「自由で対等な関係」の話ともつながっている気がします。

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【事実婚】パートナーと自由で対等な関係を作るには?
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自分も味方でいようと思える

ここまで、自分が安心を受け取る側の話ばかり書いてきました。

でも、味方がいる安心感を知ったからこそ、自分も相手にとって、そういう存在でありたいと思うようになりました。

相手が悩んだときに、すぐに正解を出せなくても、せめて同じ側に立って話を聞ける人でいたい。

事実婚で一緒にいるというのは、相手に安心させてもらうことだけではなく、自分も安心を渡せる人であり続けることなのかもしれません。

まとめ

事実婚として暮らすなかで、僕がいちばん感じているのは、「何があっても味方でいてくれる人が、ひとりいる」という安心感です。

ここでいう味方は、何でも肯定してくれる人ではありません。

間違っていればちゃんと言いつつも、最後には同じ側に立ってくれる人のことです。

それは相手にすがる依存ではなく、お互いが自分の足で立ったうえで、困ったときに立ち戻れる居場所があるという感覚でもあります。

正直、こんなことを考えて事実婚を選んだわけではありません。

それでも、もともと悩みをひとりで抱えがちな僕にとって、この安心感は思っていた以上に大きいものでした。

そして、受け取るだけでなく、自分も相手にとって、そういう存在であり続けたいと思っています。

もちろん、これは事実婚に限らず、法律婚でも恋人関係でもあり得る安心感だと思います。

ただ僕の場合は、籍を入れていない事実婚という形だからこそ、「お互いが選び続けている」という感覚と結びついて、より強く意識するようになりました。

ということで、今回はこのあたりで終わりにします。

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

それでは、また。

やまも
やまも
運営者
男性・20代後半。
30代前半女性の相方と同棲を経て、“事実婚”という形で一緒に暮らしています。
お互いライブと旅行が好きで、ライブの遠征を軸に旅することが多いです。
自由気ままな事実婚生活について発信しているので、軽い気持ちで読んでくれると嬉しいです。
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