事実婚は無責任なのか?当事者として考えてみる
こんにちは。やまもです。
「事実婚は無責任」という意見を目にすることがあります。
そういう声を見ると、「たしかにそう思われても仕方ないのかもなあ」と感じつつ、じゃあ実際のところ自分はどうなんだろう?と考えてみようと思いました。
ということで今回は、実際に事実婚をしている立場から、「事実婚は無責任なのか?」というテーマについて考えてみようと思います。
事実婚が無責任と言われがちな理由
事実婚が「無責任」と言われがちな一番の理由は、やはり籍を入れていないことにあると思います。
婚姻届を出さず、法律婚という形を取らないために、
- 法的な拘束力が弱い
- 戸籍が一緒にならない
- 法律婚ほど制度に守られていない
といったイメージを持たれやすいです。
特に、「籍を入れる=覚悟の証明」という価値観が強い人ほど、事実婚は「ちゃんとしていない」「どこか中途半端」と映ってしまい、「無責任」という印象につながりやすいのかなと思います。
また、同調圧力や大衆心理という言葉があるように、人はどうしても多数派を正解と感じやすいものです。
「パートナーと一緒になるなら法律婚」という人が大半なので、事実婚はどうしても少数派になります。
その少数派を選ぶ人が、「変わっている」「普通じゃない」と見られ、その延長で「無責任」とラベリングされてしまうこともあるのかもしれません。
結局のところ、婚姻届を出していない=責任の形が目に見えにくい、という構造が大きいのかなと感じています。
事実婚に対して実際に言われたこと
事実婚という選択をしてきた中で、これまでに直接「無責任だ」と言われたことはありません。
ただ、「非常識だね」とか「ちょっと変わってるよね」といった言葉を向けられたことはあります。
それまでは、自分たちの選択に対して特別な違和感を持ったことはなかったので、「ああ、そういうふうに見られることもあるんだな」と少し驚いたのを覚えています。
もしかしたら、面と向かっては言わなくても、心の中で「事実婚なんて無責任だ」と思っている人もいるのかもしれません。
でも、それは相手の価値観から見た評価であって、僕ら自身の気持ちや向き合い方とはまた別の話なのかな、と今は思っています。

事実婚は無責任なのか?
最初にも書いたとおり、事実婚に対してネガティブな印象が向けられやすいのは、やはり「籍を入れていない」「法的な拘束力が弱い」という点が大きいと思います。
実際、相続権や子どもができたときの親権など、法律婚とは取り扱いが異なる部分があるのも事実です。
そうした制度面だけを見れば、「責任を負っていないように見える」と感じる人がいるのも、ある意味自然なのかもしれません。
ただ、それはあくまで制度の話であって、自分たちのスタンスとは別の問題だとも思っています。
事実婚という形を選んだからこそ、
- どうすればうまくやっていけるか
- もしものときはどうするか
- 家族にはどう説明するか
といったことはふたりで話し合ってきました。
家族や友達など、自分たちの大切な人たちとも関わりながら、お互いをパートナーとして認め合い、それに見合う行動を取っているのであれば、それは決して無責任とは言えないはずです。
事実婚でも責任を持って生きている人はいますし、法律婚でも無責任に振る舞う人はいると思います。
もちろん、その逆もあります。
つまり、制度や形式と「責任感」は、必ずしもイコールではないと感じています。

事実婚に対して思うこと
僕たちは、自分たちらしく、楽しく生きていきたいという想いから事実婚を選びました。
正直なところ、責任があるかないかという視点で考えたことはほとんどありません。
ただ振り返ってみると、同棲の段階で両家の顔合わせをしたり、その後に家族や友達を招いてパーティー(結婚式)をしたりと、自分たちなりに前向きな行動はしてきたなと思います。


それが「責任がある行動」なのかどうかはわかりません。
でも、相手の人生を尊重しながら、ふたりの将来についてきちんと話し合ったうえでの選択なので、少なくとも逃げではないと思っています。
事実婚は、今の自分たちにとって自然な形といえます。
もちろん未来のことはわからないので、いつか籍を入れるという選択をする可能性もあるかもしれません。
でも少なくとも、「事実婚=無責任」とは思っていないということは最後に書いておきたいです。
少しまとまりのない文章になってしまいましたが、このあたりで終わりにします。
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
それでは、また。
